青山敦子さんと歩く
イングリッシュ・スパークリングワインの世界

English sparkling

昨今のイングリッシュ・スパークリングワインの躍進が著しい、世界でも有数のワイン消費国であるイギリス。本連載では英国スパークリング専門誌 “Glass of Bubbly”のライターの経験を経て、ギリシャワイン・オフィシャル・アンバサダーも務める青山敦子さんをお招きし、イギリスが誇るイングリッシュ・スパークリングワインの魅力を皆様にお伝えしていきます。

第1回目となる本記事では、昨今の躍進に至るバックボーンを掘り下げていきます。

最も将来性のある産地
イギリスが⽣み出す最⾼品質スパークリングワイン

Breakthrough

イギリスは、伝統的にワインをこよなく愛し、世界のワイン⽂化の発展に⼤きく貢献した重要なワイン消費国であって、市場だったが、⽣産国としては全く冴えない3軍だった。それが今、イングリッシュ・スパークリングワインの躍進により、⾼品質ワイン⽣産国の⼀軍メンバーに名を連ねようとしている。

その新時代の最中であるイギリスに 2023 年 4 ⽉、7年ぶりに戻ってきた。活気に満ち溢れ、どの⽣産者にも気概を感じた。彼らは今イギリスでワインを造れることを誇りに思い、イギリスの中でも最もエキサイティングな新産業の⼀員であることに⼼躍らせていた。

写真・文 青山敦子

スパークリングワインの元祖

Birthplace

最初に述べておく。イングリッシュ・スパークリングワインの 98%はシャンパーニュと製法が同じ「瓶内⼆次発酵」で造られる。当連載で紹介していく3つのワイナリーのスパークリングワインは全て「瓶内⼆次発酵」だ。

イギリスはシャンパーニュの⼀⼤消費国として、その成⻑に⼤きく貢献してきただけでなく、スパークリングワイン(発泡性ワイン)を誕⽣させた国であることをご存知だろうか。イギリスでは 1660 年代にはすでに泡のワインが流⾏し、1662 年にはクリストファー・メレットによってスパークリングワイン製造に関する論⽂が提出されている。若⼲ 29 歳のドン・ペリニヨンがオーヴィレール修道院の醸造⻑に抜擢されたのが 1668 年。その命は「ワインが発泡しないようにせよ」。つまり、当時まだシャンパーニュではスパークリングワインは⽣産されていなかったのだ。彼が「瓶内⼆次発酵」の⽅法を発明したのはその約 30 年後とされる。

⾟⼝のシャンパーニュをいち早く気に⼊ったのもイギリス⼈だ。シャンパーニュをこよなく愛し、成熟した市場であったイギリスに⾜りなかったのは、ブドウ(ヴィティス・ヴィニフィラ)を栽培する環境だった。

写真・文 青山敦子

気候変動による追い風

Turning point

冷涼な気候とチョークの土壌

上質スパークリングの⽣産に完璧な環境をもつシャンパーニュは圧倒的王者に君臨し続けてきた。その鍵はシャンパーニュに独⾃の個性を与えていると⾔われる「⽯灰質⼟壌」と
「冷涼な気候」。この奇跡のような⼟壌はドーヴァー海峡を隔てた英国側にも続く。つまり、鍵の⼀つ、「⽯灰質⼟壌」をイギリスは享受している。

⾼品質スパークリング⽤ブドウに不可⽋なのが、糖度の上昇と酸度の低下がゆっくりと起こる⻑い⽣育期間。これがあるからこそ、ブドウは未熟な⻘臭い⾵味なく熟した⾵味を⼗分に発達することができる。だからこそ冷涼な気候が鍵なのだが、フランス最北のブドウ栽培地であるシャンパーニュより北限に位置するイギリスは寒冷すぎたのだ、今までは。

温暖化が可能にする

シャルドネ、ピノ・ノワールの完熟は難しいとされてきたイギリスだったが、2000 年以降、イギリス南東部で「開花から収穫までの 100 ⽇」を達成し、1970〜90 年代のシャンパーニュ地⽅の気候に酷似するようになった。この気候の変化は、消費国に⽢んじてきたイギリス⼈を奮い⽴たせた。ブドウ栽培⾯積は現在 3,758ha に達し、2000 年から⽐べると、4 倍以上に広がり、今後5年のうちに 70%の増⼤が⾒込まれている。

今や、イングリッシュ・スパークリングワインの原料ブドウとなる、シャルドネ、ピノ・ノワール、ムニエが全栽培⾯積の 71%を占め、この 3 品種の⽐率が急増している。この 20 年のうちに、受賞ワインが続々と誕⽣し、このポテンシャルの⾼さに⽬をつけてシャンパーニュからの参⼊も登場した。

加速する温暖化

2018年イギリスは、今までにない質量ともに恵まれたグレートヴィンテージとなった。2022年もその呼び声が⾼い。現在の気候変動は 2018 年のような温暖で乾燥した年を恒常的に⽣み出し、現在南東部にとどまったブドウ栽培地の北部への拡⼤を可能にすると⾒られている。

今後の⾼品質スパークリングワインに求められるもの

冷涼な気候を逆⼿にとり、シャンパーニュが⽣み出したのが、今や、その看板商品であるノン・ヴィンテージ・シャンパーニュ。メゾンは安定した⽣産と、いつ飲んでも美味しいハウススタイルを確⽴した。

そして、とりわけ素晴らしい年のみ、例外的に、ヴィンテージ・シャンパーニュを⽣産していたのだが、温暖化によって、このヴィンテージの概念が少しずつ様⼦を変えてきている。ルイ・ロデレールのコレクションの発売がそれを際⽴たせた。最⾼醸造責任者、ジャン・バティスト・レカイヨン⽒は「ブドウの熟度を求めていたかつての時代から、いまはフレッシュさを追い求める時代」と述べている。

写真・文 青山敦子

イングリッシュ・スパークリングの強み

New era

4⽉にイギリスを訪れ、様々な⽣産者、マスター・オブ・ワインやジャーナリストの⽅と会い、彼らが⼝にしたイングリッシュ・スパークリングの強みの共通点は「フレッシュでピュアな⾼い酸味」だった。

気候変動は、寒冷なイギリスにおいても全てがポジティヴなことばかりではない。予想不可な事態に対峙していかなくてはいけないし、容易ではない。しかし、新しい⽣産国ともいえるイギリスの⽣産者達は、⾃分たちの⼿で全てを切り拓いていかなければならない⾯倒さを楽しみ、⾃分たちの可能性を不安以上にエキサイトしている。⾃分たちが新しい時代を築いていけることに、誇りを感じている。なんとも英国らしい。

2018 年や 2022 年のようなヴィンテージが彼らに⼀層の⾃信と勇気を与え、イギリスは新しい時代を迎えている。今世界中が最も熱い視線を向けているイギリスが造り出すイングリッシュ・スパークリングワインは急速に成⻑している。今こそ、イングリッシュ・スパークリングワインを飲んでみよう。

イギリスの⾷事が不味いとかつてのイメージを持つ⽅には、ぜひ訪英して頂きたい。そして、ワイナリーを訪れればそのスタイリッシュさに⼼躍るだろう。アクセスもよくロンドンから⼀時間も電⾞に乗れば、美しく⻑閑なイギリスの⽥園地帯に到着する。

次回からは、私が今年4⽉に訪問したワイナリーについてご紹介する。

写真・文 青山敦子

イギリスが⽣み出す最⾼品質のスパークリングワイン

本連載でご紹介していくイングリッシュ・スパークリングワインをYEBISU WINEMART ONLINEでお取り扱いしております。
ご興味がございましたら是非お試しください。

青山敦子

Atsuko Aoyama

WSET®Level 4 Diploma
WSET®Certified Educator (Level1,2&3 公認認定講師)
WSET®Level 3 Sake
IWC インターナショナル・ワイン・チャレンジ・ロンドン Associate Judge
ギリシャワイン・オフィシャル・アンバサダー
2018年 Wines of Greece World of Greek Wine Program 最優秀賞
ギリシャワイン認定講師 (EDOAO)
German Wine Academy認定講師
J.S.A. 認定ワインエキスパート

2008年ロンドンでWSETに出会い、ロンドン本校にて、ディプロマコースを猛勉強の末1年半で取得後、WSETで試験採点官、英国スパークリング専門誌 “Glass of Bubbly”のライターの経験を経て2016年に帰国。

2018年 Wines of Greece 主催のWorld of Greek Wine Programで一位となり、現在ギリシャワイン・オフィシャル・アンバサダーとして、定期的にギリシャを訪問し、プロフェッショナル向け、そして愛好家向けにギリシャワイン・セミナーを行う。

その他、WSET講座、シャンパーニュ委員会講座、イングリッシュ・スパークリング講座など、幅広くワインの世界を伝える。